大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)813号 判決 1972年9月27日

控訴人 有限会社多々良商事

右代表者代表取締役 渡部繁治

右訴訟代理人弁護士 野島豊志

右同 新寿夫

本人兼亡鹿子島秀子訴訟承継人兼亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆ほか五名訴訟引受参加人兼脱退被控訴人古賀勝訴訟引受参加人

被控訴人 鹿子島隆<ほか七名>

右八名訴訟代理人弁護士 山崎信義

亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆ほか五名訴訟引受参加人

被控訴人 学校法人中村産業学園

右代表者代表理事 中村治四郎

右訴訟代理人弁護士 中園勝人

右訴訟復代理人弁護士 坂本佑介

被控訴人 印東香<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 田中実

被控訴人 東豊商事株式会社

右代表者代表取締役 加来十四生

右訴訟代理人弁護士 水崎幸蔵

右被控訴人一五名補助参加人 日東商事株式会社

右代表者清算人 鹿子島隆

右訴訟代理人弁護士 山崎信義

右同 辻丸勇次

被控訴人 日米モータース株式会社

右代表者代表取締役 大屋鹿之助

右訴訟代理人弁護士 古川公威

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における拡張請求を棄却する。

差戻前の控訴費用、上告費用および差戻後の控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者双方の求める裁判

一  控訴代理人は

「(一) 原判決を取り消す。

(二) 控訴人と

(1)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆良との間において、別紙第一物件目録(三)の土地について

(2)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆昭、同松尾明子との間において、別紙第一物件目録(四)の土地について

(3)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人鹿子島隆との間において、別紙第一物件目録(十一)の土地について

(4)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人学校法人中村産業学園との間において、別紙第一物件目録(二十六)ないし(三十)の土地について

(5)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人後藤進との間において、別紙第一物件目録(三十一)、(三十二)の土地について

(6)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良との間において、別紙第一物件目録(十六)の土地について

それぞれ控訴人が所有権を有することを確認する。

控訴人に対し

(1)  右訴訟承継人鹿子島隆良は右(三)の土地について

(2)  右訴訟承継人鹿子島隆昭、同松尾明子は右(四)の土地の各二分の一の持分について

(3)  右訴訟引受参加人鹿子島隆は右(十一)の土地について

(4)  右訴訟引受参加人学校法人中村産業学園は右(二十六)ないし(三十)の土地について

(5)  右訴訟引受参加人後藤進は右(三十一)、(三十二)の土地について

(6)  右訴訟承継人鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良は右(十六)の土地の各五分の一の持分について

それぞれ所有権移転登記手続をせよ。

(三) 控訴人と被控訴人鹿子島隆との間において、別紙第一物件目録(三)、(四)、(十二)、(十四)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は、右(十二)、(十四)の土地について所有権移転登記手続を、右(三)、(四)の土地について福岡法務局箱崎出張所昭和三二年一月一四日受付第七二号をもってなされた同日売買予約による同被控訴人のための所有権移転請求権保全登記の抹消登記手続をそれぞれせよ。

(四) 控訴人と

(1)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参加人鹿子島隆、同鹿子島隆一との間において、別紙第一物件目録(十五)の土地について

(2)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参加人学校法人永末学園との間において、別紙第一物件目録(十八)、(二十)ないし(二十三)の土地について

(3)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参加人古賀光子との間において、別紙第一物件目録(二十四)、(二十五)の土地について

それぞれ控訴人が所有権を有することを確認する。

控訴人に対し

(1)  右訴訟引受参加人鹿子島隆は右(十五)の土地の一〇分の七の持分について、同鹿子島隆一は右(十五)の土地の一〇分の三の持分について

(2)  右訴訟引受参加人学校法人永末学園は右(十八)、(二十)ないし(二十三)の土地について

(3)  右訴訟引受参加人古賀光子は右(二十四)、(二十五)の土地について

それぞれ所有権移転登記手続をせよ。

(五) 控訴人と脱退被控訴人学校法人福岡文化学園の訴訟引受参加人学校法人永末学園との間において、別紙第一物件目録(一)、(十三)、(十七)、(十九)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

右訴訟引受参加人は右(一)、(十三)、(十七)、(十九)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(六) 控訴人と被控訴人日米モータース株式会社との間において、別紙第一目録(十二)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は右(十二)の土地について、福岡法務局箱崎出張所昭和三一年九月一四日受付第五、二六三号をもってなされた同日代物弁済契約による同被控訴人のための停止条件付所有権移転請求権保全の仮登記および同出張所同日受付第五、二六二号をもってなされた同日抵当権設定契約による同被控訴人のための抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

(七) 控訴人と被控訴人印東香との間において、別紙第一物件目録(二)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は控訴人に対し右(二)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(八) 控訴人と脱退被控訴人杉山三郎の訴訟引受参加人古寺秀喜との間において、別紙第一物件目録(五)、(六)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。右訴訟引受参加人は右(五)、(六)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(九) 控訴人と被控訴人域道武との間において、別紙第一物件目録(七)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は控訴人に対し右(七)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(十) 控訴人と被控訴人川鍋義雄との間において、別紙第一物件目録(八)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は控訴人に対し右(八)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(十一) 控訴人と被控訴人東野浩との間において、別紙第一物件目録(九)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は控訴人に対し右(九)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(十二) 控訴人と被控訴人東豊商事株式会社との間において、別紙第一物件目録(十)の土地について控訴人が所有権を有することを確認する。

同被控訴人は控訴人に対し右(十)の土地について所有権移転登記手続をせよ。

(十三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」

との判決を求め、当審において請求を拡張し

「(一) 控訴人に対し

(1)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆良は別紙第一物件目録(三)の土地を

(2)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆昭、同松尾明子は別紙第一物件目録(四)の土地を

(3)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人鹿子島隆は別紙第一物件目録(十一)の土地を

(4)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人学校法人中村産業学園は、別紙第二物件目録(二)の(1)ないし(5)の建物を収去して別紙第一物件目録(十)、(十四)、(二十六)ないし(三十)の土地を

(5)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆、同鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良(脱退)の訴訟引受参加人後藤進は別紙第一物件目録(三十一)、(三十二)の土地を

(6)  被控訴人亡鹿子島秀子訴訟承継人鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良は別紙第二物件目録(三)の建物を収去して別紙第一物件目録(十六)の土地を

それぞれ引渡せ。

(二) 被控訴人鹿子島隆は控訴人に対し別紙第一物件目録(十二)の土地を引渡せ。

(三) 控訴人に対し

(1)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参加人鹿子島隆、同鹿子島隆一は別紙第一物件目録(十五)の土地を

(2)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参加人兼脱退被控訴人学校法人福岡文化学園の訴訟引受参加人学校法人永末学園は別紙第二物件目録(一)の(1)ないし(4)の建物を収去して別紙第一物件目録(一)、(十三)、(十七)ないし(二十三)の土地を

(3)  脱退被控訴人古賀勝の訴訟引受参山人古賀光子は別紙第一物件目録(二十四)、(二十五)の土地を

それぞれ引渡せ。

(四) 被控訴人印東香は控訴人に対し、別紙第一物件目録(二)の土地を引渡せ。

(五) 脱退被控訴人杉山三郎の訴訟引受参加人古寺秀喜は控訴人に対し別紙第一物件目録(五)、(六)の土地を引渡せ。

(六) 被控訴人城道武は控訴人に対し別紙第二物件目録(四)の建物を収去して別紙第一物件目録(七)の土地を引渡せ。

(七) 被控訴人川鍋義雄は控訴人に対し別紙第二物件目録(五)の建物を収去して別紙第一物件目録(八)の土地を引渡せ。

(八) 被控訴人東野浩は控訴人に対し別紙第一物件目録(九)の土地を引渡せ。」

との判決ならびに仮執行の宣言を求めた。

二、被控訴人、訴訟承継人、訴訟引受参加人ら代理人はいずれも「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、控訴人の当審における拡張請求に対し、いずれも請求棄却の判決ならびに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。

第二、控訴人の請求原因

一  別紙第一物件目録記載の(一)ないし(三十二)の土地(ただし、(二十)ないし(二十五)の土地は(十五)の土地三反六畝二四歩から、(二十六)ないし(三十二)二の土地は(十一)の土地八反五畝六歩からそれぞれ本訴提起後に分筆されたもので、以下分筆前の(一)ないし(十九)の土地を分筆前の本件土地、分筆後の(一)ないし(三十二)の土地を本件土地という。)は、もと補助参加人日東商事株式会社(以下、単に日東商事という。)の所有であった。控訴人(以下、控訴会社という。)は昭和三二年一月一二日、日東商事の代表取締役であった訴外中山国俊から分筆前の本件土地を買い受けてその所有権を取得した。日東商事の役員の変動等は別紙第四表記載のとおりであって、中山は昭和三一年一二月二四日に開催された日東商事の株主総会において取締役に、同月二七日に開催された右により選任された取締役により構成された取締役会において代表取締役にそれぞれ選任されたものであって、右売買当時日東商事を代表する権限を有していたものである。

二  かりに、右売買当時、日東商事の取締役全員に対する職務執行停止、取締役職務代行者選任の仮処分が執行されていたため、中山が日東商事を代表する権限を有しなかったとしても、右仮処分は昭和三二年一月一四日その申請が取り下げられたから、同日以後、中山は日東商事を代表する権限を有するところ、同人は同月一七日、控訴会社との間の右売買契約につき公正証書を作成した。この行為は、前記一月一二日の契約の追認であり、そうでないとすれば、新たな売買契約である。よって控訴会社はこれにより分筆前の本件土地の所有権を取得した。

かりに、右公正証書の作成が追認または新たな契約としての効力を有しないとしても、控訴会社は昭和三二年四月二五日、日東商事に対し、額面三〇〇万円の約束手形をもって分筆前の本件土地の売買代金を支払い、右手形は同年四月末ごろ、日東商事が訴外安倍重明ほか四名との間の裁判上の和解により負担する債務の支払に充当されているのであるから、前記一月一二日の契約は、日東商事が右約束手形を受領した日に追認されたものと解すべきである。

三  かりに以上の主張が理由がないとしても、日東商事は昭和三二年一月一二日中山を代表取締役に選任した旨の登記をしており、控訴会社は中山が日東商事を代表する権限があるものと信じて前記売買契約をなしたのである。したがって右登記後も中山に代表取締役としての職務執行権限がないとすれば、代表取締役の代表権限の制限となるが、この制限は、商法二六一条三項、七八条二項、民法五四条により、善意の第三者である控訴会社に対抗できないから、前記売買契約は有効である。

四  しかるところに、本件土地については、登記簿上別紙第二、第三表各記載のような登記がなされている。それは、被控訴人鹿子島隆が日東商事の代表取締役たる資格がなく、したがって分筆前の本件土地を同会社を代表して処分する権限がないのに、その代表取締役と称して別紙第一表記載のような売買行為をなしたことに基づくものであり、被控訴人鹿子島隆の右売渡行為は無権利者の行為として無効である。よって右売買により別紙第一表記載の被控訴人らは、いずれも当該土地の所有権を取得できない。その結果同被控訴人らのなした別紙第二、三表各記載の処分行為に基づいて同表各記載の権利を取得したとする同表各記載の被控訴人、訴訟承継人、訴訟引受参加人らもなんらかかる権利を取得することはできない。

五  しかるに、被控訴人、訴訟承継人、訴訟引受参加人ら(以下、単に被控訴人らという。)は、別紙第二、第三表記載の権利を取得したとして控訴会社の本件土地についての所有権を争うので、控訴会社は被控訴人らに対して各係争該当土地についての所有権の確認を、本件土地について登記簿上最終の所有名義人となっている別紙第二表記載の被控訴人らに対して、所有権に基づいて、当該土地についての所有権移転登記手続を(ただし、第二表(十)および(十四)の土地については、最終の所有名義人は学校法人中村産業学園となっているが、(十)の土地については被控訴人東豊商事株式会社に対し、(十四)の土地については被控訴人鹿子島隆に対し、それぞれ控訴会社の申請により処分禁止の仮処分がなされていて、その後の処分は控訴会社に対抗できないから、(十)の土地については被控訴人東豊商事株式会社を、(十四)の土地については被控訴人鹿子島隆を最終の所有名義人とした。)、その他の権利者として登記されている別紙第三表記載の被控訴人らに対して、当該登記の抹消登記手続をそれぞれ求める。

六  なお、本件土地について現在登記簿上の最終所有名義人となっている被控訴人らは何ら正当な権原なくして当該土地を占有し、被控訴人らのうち、訴訟引受参加人学校法人永末学園は別紙第一物件目録記載の(一)、(十三)、(十七)ないし(二十三)の土地上に別紙第二物件目録記載の(一)(1)ないし(4)の建物を所有し、訴訟引受参加人学校法人中村産業学園は別紙第一物件目録記載の(十)、(十四)、(二十六)ないし(三十)の土地上に別紙第二物件目録記載の(二)(1)ないし(5)の建物を所有し、訴訟承継人鹿子島隆一、同古賀光子、同鹿子島隆昭、同松尾明子、同鹿子島隆良は別紙第一物件目録記載の(十六)の土地上に別紙第二物件目録記載の(三)の建物を所有し、被控訴人城道武は別紙第一物件目録記載の(七)の土地上に別紙第二物件目録記載の(四)の建物を所有し、被控訴人川鍋義雄は別紙第一物件目録記載の(八)の土地上に別紙第二物件目録記載の(五)の建物を所有している。よって、控訴会社は、当審において請求を拡張し、被控訴人らに対し、所有権に基づいて、それぞれその占有する土地の引渡とその所有する建物の収去ならびに土地の明渡を求める。

≪以下事実省略≫

理由

第一控訴会社と日東商事との間の本件売買契約の効力

一  本件分筆前の土地がもと日東商事の所有であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、中山国俊は、日東商事の代表取締役として、昭和三二年一月五日または同月一二日、控訴会社に対し、右土地等を一括して売り渡した事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  そこで、右売買当時、中山が日東商事を代表する権限を有していたかどうかについて考察する。

中山は昭和三一年一二月二二日前任取締役が辞任したため、同月二四日に開催された日東商事の株主総会において取締役に、同月二七日に開催された右により選任された取締役により構成された取締役会において代表取締役にそれぞれ選任されたものであること、当時日東商事の前任取締役は仮処分によりその職務の執行を停止され、取締役職務代行者として植田夏樹ほか三名が、代表取締役職務代行者として右植田がそれぞれ選任されていたことは当事者間に争いがない。

控訴会社は、取締役の職務執行停止、代行者選任の仮処分中、右仮処分により職務の執行を停止された取締役が辞任し、株主総会の決議により新たに後任の取締役が選任された場合には、後任取締役は直ちに職務執行の権限を有するに至り、反面仮処分による職務代行者は、仮処分の取下または取消の有無にかかわらず、当然職務執行の権限を失うと主張する。

しかし、後任取締役の選任によって直ちに職務代行者の権限が消滅するものではなく、仮処分の申請が取り下げられまたは後任取締役の選任により事情の変更があるとして仮処分が取り消されてはじめて右のごとき効果が生ずるものであって、それまでは、取締役の職務は、原則にして職務代行者が行なうべきものであり、その限度において後任取締役は職務の執行を制限されるものと解するのが相当である。

もっとも、仮処分の後、代表取締役が欠けているときは、後任取締役の構成する取締役会の決議をもって代表取締役を定めることができるものと解する。けだし、代表取締役を後任取締役が定めることは、前記仮処分の趣旨、内容に牴触するものではなく、実際上の見地から考えても、職務代行者が定めるよりも、後任取締役がその意思によって定める方が、代表取締役の制度に合致するからである。したがって、中山は昭和三一年一二月二七日の取締役会において有効に代表取締役に選任されたものというべきである。

しかしながら、当時は前記仮処分の存続中であって、前記説示のとおり、中山は取締役としての職務の執行を制約されていたのであるから、代表取締役としての権限を直ちに行使できないものというべく、したがって同人が日東商事を代表して控訴会社との間に締結した前記売買契約は、その効果を生じないものといわねばならない。

三  控訴会社は、前記仮処分は昭和三二年一月一四日その申請が取り下げられたから、同日以後中山は日東商事を代表する権限を有するところ、同人は同月一七日前記売買契約を追認しまたは新たな売買契約を締結したと主張する。

前記仮処分は昭和三二年一月一四日その申請が取り下げられたことは当事者間に争いがないから、その後は、中山において日東商事の代表取締役としての権限を行使できるところ、≪証拠省略≫によれば、中山は昭和三二年一月一七日、日東商事の代表取締役として、同月五日または同月一二日に締結した前記売買契約を明確にするため、控訴会社との間で、右売買契約と同趣旨の公正証書を作成していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、日東商事は、右公正証書の作成によって、中山の無権代理による前記売買契約を追認したものと認められるので、前記売買契約は、右追認により契約の時に遡ってその効力を生じたものというべきである。

四  被控訴人らは、右売買を決議した昭和三一年一二月二七日の取締役会は、右決議をする権限がないから、右決議は無効であり、それに基づいてなされた前記売買契約は無効であると主張する。

≪証拠省略≫によれば、控訴会社に対する右売買は、昭和三一年一二月二七日に開催された後任取締役により構成された取締役会において決議されたものであることが認められるところ、当時は未だ前記仮処分の存続中であって、後任取締役は取締役としての職務の執行を制約されていたから、右のような決議をする権限はなかったものである。

しかしながら、取締役会の決議は、会社の内部的な意思決定にすぎないから、控訴会社に対する前記売買契約は右決議の無効によってなんら影響を受けないものというべきである。

五  被控訴人らは、控訴会社と日東商事間の右売買契約は通謀虚偽表示であるから無効であると主張する。

≪証拠省略≫を総合すれば、日東商事は昭和二二年ごろ樟脳の皮を原料とする農業用殺虫剤の製造を目的とし、資本金一〇〇万円をもって、日本樟脳製造株式会社の名称で設立されたものであるが、設立当初から、農業用殺虫剤の発明技術等を提供した安倍重明らと資本金その他運転資金を提供した川南豊作の派遣した鹿子島隆らとの間に確執があり、加えて資金難や原料の入手難から事業の開始に至らないまま経営が行き詰まったこと、ところが安倍らが昭和二九年六月、鹿子島隆および日東商事を相手方として、福岡地方裁判所に、鹿子島隆において臨時株主総会を開催したごとく装い、安倍を代表取締役から解任して自ら代表取締役となったうえ、会社の目的を不動産等の売買等に、商号を日東商事株式会社に変更して、ほしいままに会社の不動産を売却しているとして、鹿子島隆の代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分を申請し、右臨時株主総会不存在確認の訴等を提起したことから、右両者間に日東商事の経営の主導権をめぐって紛争が生ずるに至ったこと、右訴訟の係属中、安倍らと鹿子島隆から日東商事の株券の譲渡を受けてその経営を委任されその取締役となっていた中山国俊、中島重信、林春雄らとの間に和解が成立し、昭和三一年一二月二四日の株主総会において、安倍側の江里口徹男、榎二郎、中山側の中山、林を日東商事の取締役に選任し、同月二七日の取締役会において、江里口、中山を代表取締役に選任するとともに、安倍らにおいて前記訴訟を取り下げる代わりに日東商事において安倍らが右訴訟に要した費用その他の損害の補償として安倍らに三〇〇万円を支払うこととなり、ついで安倍が代表取締役をしている控訴会社との間において本件売買契約が成立するに至ったこと、右売買代金の支払については、額面三〇〇万円の約束手形を控訴会社が日東商事に宛てて振出したが、日東商事は前記和解による三〇〇万円の支払のため、右手形を安倍らに交付したことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また≪証拠省略≫によれば、控訴会社は昭和三一年一月、資本金三〇〇万円をもって不動産等の売買等を目的として設立され、安倍が代表取締役に、中島らが取締役に就任したが、殆んど事業を営んでいないことが認められる。

以上認定の事実によれば、前記訴訟は二年余りしか経過しておらず、安倍らにおいて三〇〇万円もの訴訟費用を要したかどうか疑いの存するところであり、また控訴会社は会社としての実体を有せず、事実上安倍らと同一体であり、前記三〇〇万円の約束手形は控訴会社から日東商事、日東商事から安倍らに交付されて日東商事には結局三〇〇万円の売買代金が入金されなかったことがうかがわれるが、右事実のみでは、控訴会社と日東商事間の本件売買契約が通謀虚偽表示であることまでは確認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

六  控訴会社は、被控訴人ら主張の第三の二の(四)ないし(十)の主張は時機に後れた防禦方法であるから却下さるべきであると主張する。

なるほど、被控訴人らの右主張は、本訴提起後約一五年も経過した昭和四六年九月二日の差戻後の当審における第三回口頭弁論期日に至ってはじめて提出されたものであるから、時機に後れた防禦方法であることは明らかである。しかしながら、原審以来の訴訟の経過、すなわち原判決が中山国俊の代表権の有無についてのみ法律的判断を示して控訴会社の請求を棄却したため、差戻前の当審においても、この点に関係する攻防が主たる争点となり、その他の争点については殆んど主張、立証されることなく結審し、控訴会社の控訴を棄却したところ、上告審が中山の代表権の有無につき原判決および差戻前の当審判決と異なる見解のもとに、差戻前の当審判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため当審に差し戻した経過からすると、右時機に後れた防禦方法の提出につき、被控訴人らに故意または重大な過失があるとは直ちに認め難いので、控訴会社の右申立は理由がない。よって被控訴人らの右主張について以下判断することとする。

七  被控訴人らは、控訴会社と日東商事間の前記売買契約は心裡留保であるから無効であると主張する。

控訴会社の取締役が和解した安倍らと中山らの双方から選任され、その後控訴会社と日東商事との間で本件売買が締結された経過は前記認定のとおりであるが、中山が日東商事のためにする意思を有せず、自己のためにする意思で、表面上日東商事の名義で右売買契約をしたものであるとか、控訴会社も中山の右真意を知っていたと認めるべき証拠はなんら存在しないので、被控訴人らの右主張は理由がない。

八  被控訴人らは、控訴会社と日東商事間の右売買契約は、中山が代表取締役としての権限を濫用し、その任務に背き、自己または第三者の利益を図りかつ日東商事に損害を加える目的でなしたものであり、控訴会社の代表取締役である安倍はこれと共謀しまたはその情を知ってから無効であると主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

九  被控訴人らは、つぎに、控訴会社と日東商事間の右売買契約は、会社の目的の範囲外の行為であり、営業の全部または重要な一部の譲渡を目的とする法律行為であるのに株主総会の特別決議を経ておらず、会社の計算書類には記載がないため株主総会の承認決議もなく、かつ株主である鹿子島隆の利益を侵害する行為であるから無効であると主張するが、右売買が会社の目的の範囲内の行為であることおよび営業の全部または重要な一部の譲渡に該当しないことは明らかであり、また右売買関係の計算書類がないため株主総会の承認決議がなく、右売買のため株主である鹿子島隆の利益が侵害されたとしても、右売買の効力にはなんらの影響がないから、被控訴人らの右主張はいずれも理由がない。

一〇  被控訴人らは、さらに、控訴会社と日東商事間の右売買契約は公序良俗に反し無効であると主張する。

安倍重明らが鹿子島隆の代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分および日東商事の株主総会不存在確認の訴等を提起し、右安倍らと鹿子島隆との間に日東商事の経営権をめぐって紛争が生じたこと、右訴訟の係属中安倍らと鹿子島隆側の中山らとの間に和解が成立するとともに本件売買契約が成立するに至った経過は前記認定のとおりであるが、右事実のみから本件売買契約が公序良俗に反し無効であるということはできないから、被控訴人らの右主張も理由がない。

一一  以上の次第で、結局、控訴会社と日東商事との間に昭和三二年一月五日または同月一二日締結された分筆前の本件土地の売買契約は、同月一七日の追認により、契約当初に遡ってその効力を生じたものというべきである。

第二別紙第一表記載の被控訴人らと日東商事との間の売買契約の効力

一  本件分筆前の土地がもと日東商事の所有であったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を総合すれば、鹿子島隆は、日東商事の代表取締役として、昭和三一年二月九日および同月一〇日、別紙第一表記載の被控訴人らに対し、分筆前の本件土地(ただし、同表記載の(十四)ないし(十九)の土地は、同表記載の鹿子島秀子に対する売買後に、(十一)の土地一町七反二畝八歩から分筆されたものである。)を別紙第一表記載のとおり売り渡した事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

二  そこで、右売買当時、鹿子島隆が日東商事を代表する権限を有していたかどうかについて考察する。

(一)  被控訴人らは、鹿子島隆は昭和三〇年一月三〇日、日東商事の代表取締役を辞任し、また昭和三一年一月三一日鹿子島隆の代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分申請が取り下げられて、日東商事は代表取締役を欠くこととなったので、右売買当時、鹿子島隆は、商法二五八条一項、二六一条三項により、代表取締役としての権限を有していたと主張する。

≪証拠省略≫によれば、鹿子島隆は昭和三〇年一月三〇日、他の取締役全員とともに取締役を辞任したため、代表取締役の資格を喪失し(同年二月二日登記)、また昭和三一年一月三一日、鹿子島隆の代表取締役職務執行停止、代行者選任の仮処分がその申請を取り下げられたため(同年二月一日登記)、日東商事は代表取締役を欠くに至ったことが認められる。

ところで、取締役を辞任したため代表取締役の資格を喪失した者が、商法二六一条三項により、新たに代表取締役が選任されるまで、なお代表取締役としての権利義務を有するためには、その前提として、商法二五八条一項により、取締役の権利義務を有するものであることを要するものと解する。

しかるに、前記証拠によれば、鹿子島隆ら全員が取締役を辞任した昭和三〇年一月三〇日、日東商事は直ちに株主総会において他の新たな取締役四名を選任している(もっとも、右後任取締役による代表取締役の選任は、前記仮処分による代行代表取締役がいたため行われていない。)ことが認められるので、鹿子島隆は商法二五八条一項による取締役としての権利義務を有せず、したがって商法二六一条三項による代表取締役としての権利義務も有しないものといわねばならない。

もっとも、前記証拠によれば、鹿子島隆は昭和三一年二月はじめごろ、福岡地方裁判所から前記仮処分の申請が取り下げられた旨の通知を受けたので、福岡法務局に赴き、登記係官に日東商事には代表取締役がいなくなったがどうなるのかと問い合わせたところ、右係官から鹿子島隆の代表取締役としての資格が復活することになるから、昭和三〇年二月二日の同人の代表取締役たる取締役の辞任登記を抹消するように言われたので、昭和三一年二月八日、その旨の申請をなし、その結果「昭和三〇年二月二日登記した鹿子島隆の代表取締役たる取締役の辞任登記は錯誤であるから抹消する。」旨の前記辞任登記の抹消登記ならびに代表取締役の回復登記がなされたことが認められる。

しかしながら、前記説示のとおり、鹿子島隆は、昭和三〇年一月三〇日の取締役辞任により代表取締役たる資格を喪失しているのであるから、右辞任登記の抹消登記および代表取締役の回復登記は商法上許されないものであり、福岡法務局も昭和三一年九月一五日、非訟事件手続法一五一条の二、同条の四により、右辞任登記の抹消登記および回復登記の抹消登記をしているのである(右抹消登記の事実は当事者間に争いがない。)。

なお、被控訴人らは、鹿子島隆の右辞任登記は、後任代表取締役が選任されるまでは許されないものであって、非訟事件手続法一八八条に違反する無効の登記であると主張するが、前記説示のとおり、鹿子島隆は代表取締役たる資格を喪失したのであるから、右辞任登記は有効である。

(二)  被控訴人らは、右辞任登記が有効であるとしても、右辞任登記は、その後抹消登記がなされ、右辞任についてはその旨の登記がないことになるから、日東商事は、鹿子島隆の代表取締役辞任をもって、善意の第三者である別紙第一表記載の被控訴人らに対抗し得ないので、鹿子島隆が日東商事の代表取締役としてなした同被控訴人らとの間の前記売買契約は有効であると主張する。

しかしながら、商法一二条は、登記すべき事項について、登記がない場合には、登記当事者の側から善意の第三者に対抗できない旨を規定したにとどまり、本件のごとく登記当事者以外の第三者相互間においては、同条の適用はなく、したがって、鹿子島隆の辞任登記の効力如何にかかわらず、控訴会社は鹿子島隆の辞任の事実を被控訴人らに対して主張することができるから、被控訴人らの右主張は理由がない。

(三)  被控訴人らは、日東商事は、故意または過失により、鹿子島隆の代表取締役辞任登記の抹消登記および代表取締役の回復登記という不実の登記をなしたから、商法一四条により、右抹消登記および回復登記が不実であることを別紙第一表記載の被控訴人らに対抗できず、したがって同被控訴人らは、右辞任登記および回復登記が不実でないこと、換言すれば、鹿子島隆が代表取締役であることを主張し得ると抗争する。

しかしながら、前記認定の鹿子島隆が右辞任登記の抹消登記および回復登記をなすに至った経過からすれば、右登記は登記申請者の故意または過失に基づくというよりは、登記係官の過誤に基づくと認めるのが相当であるから、被控訴人らの右主張は理由がない。

(四)  被控訴人らは、さらに、別紙第一表記載の被控訴人らは、鹿子島隆の代表取締役辞任登記が権限ある登記官によって適式に抹消されていたので、それを信じた結果、右辞任の事実を知らなかったのであるから、正当の事由によって辞任の事実を知らなかったものというべく、したがって日東商事は、商法一二条後段により、右辞任の登記があるとしても、右辞任の事実をもって同被控訴人らに対抗できないと主張する。

しかしながら、商法一二条が本件に適用のないことは前記説示のとおりであるから、被控訴人らの右主張も理由がない。

(五)  以上のとおりで、別紙第一表記載の被控訴人らと日東商事との間の右売買契約当時、鹿子島隆は、一旦同人の代表取締役辞任の登記がなされながら、右辞任登記の抹消登記および代表取締役回復登記がなされていたにかかわらず、日東商事の代表取締役たる資格を喪失し、日東商事を代表する権限を有しなかったものというべく、したがって同人が日東商事を代表して別紙第一表記載の被控訴人らとの間に締結した前記売買契約は、その効力を生じないものといわねばならない。

三  被控訴人らは、右売買当時、鹿子島隆が日東商事を代表する権限を有しなかったとしても、日東商事は、民法一一二条、一〇九条または商法二六二条により、右売買についてその責に任ずべきであると主張する。

右売買当時、鹿子島隆の代表取締役辞任登記の抹消登記および代表取締役の回復登記がなされて、同人が依然日東商事の代表取締役として登記されていたことは前記のとおりであり、また≪証拠省略≫によれば、同人は右売買の前日である昭和三一年二月八日福岡法務局より、同人が日東商事の代表取締役である旨の資格証明書および同人の日東商事代表取締役としての印鑑証明書の交付を受けていることが認められるが、右売買当時、別紙第一表記載の被控訴人らにおいて、鹿子島隆が日東商事の代表取締役であると信じたことおよびそのように信ずるについて過失がなかったことについては、被控訴人らにおいて、右売買契約締結の際の状況をなんら立証しないから、これを確認することはできず、結局、被控訴人らの右主張は理由がない。

四  被控訴人らは、右売買当時、鹿子島隆が日東商事を代表する権限を有しなかったとしても、日東商事は昭和三二年六月七日右売買を追認したと主張する。

(一)  ≪証拠省略≫にそれば、鹿子島隆は昭和三二年六月六日開催された日東商事の株主総会において取締役に、同日開催された取締役会において代表取締役にそれぞれ選任され、翌七日、日東商事の代表取締役名義をもって、別紙第一表記載の被控訴人ら全員に対し、内容証明郵便で、鹿子島隆が昭和三一年二月九日および同月一〇日になした前記売買契約は無権代理であるから追認する旨の意思表示をなし、そのころ右郵便は同被控訴人らに到達したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  控訴会社は、会社とその機関とは、対外関係では同一人格であるから、鹿子島隆が日東商事の代表取締役でないのに代表権限があるものとしてなした前記売買契約は無権代理ではなく絶対無効であって追認によりその効力を生じないと主張するが、会社とその機関との対外関係についても、民法一一三条、一一六条の無権代理の規定が準用されると解するので、控訴会社の主張は理由がない。

(三)  控訴会社は、日東商事は、右追認当時、本件土地の所有者ではないから追認は効力を生じないと主張する。

なるほど、右追認当時すでに控訴会社と日東商事との間に本件土地について売買契約が成立していたことは前記認定のとおりであるが、右売買については未だ所有権移転登記がなされていないのであるから、通常の二重売買におけると同様、日東商事が、別紙第一表記載の被控訴人らとの間の無権代理による売買を追認することはなんら差し支えないものというべきである。

(四)  控訴会社は、右追認は公序良俗および信義誠実の原則に反し権利の濫用であるから無効であると主張する。

≪証拠省略≫によれば、日東商事は、当初会社の目的とした農業用殺虫剤の製造が原料の入手難と資金難のため、製造開始に至らないまま、多額の負債を抱えて経営が行き詰まったこと、ところが工場用地として買収した厖大な土地に対する不動産取得税を滞納していたため、昭和二八年福岡県から差押を受ける事態に立ち至り、当時の代表取締役であった鹿子島隆は、右窮状を打開するため、工場用地として入手した右土地を宅地造成したうえ、これを売却し、税金、負債を整理して会社を解散しようと考え、昭和二九年ごろから右土地の宅地造成および買主との交渉にあたっていたところ、同年六月、安倍重明らから代表取締役職務執行停止等の仮処分を受けたこと、その後昭和三一年一月三一日右仮処分が取り下げられたので、右仮処分のため中断していた前記宅地造成および宅地の売買を再開し、その結果、別紙第一表記載の被控訴人らとの間で、代金合計八六五万六、二〇〇円で前記売買契約を締結するに至ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の売買の経過に徴すれば、再度日東商事の代表取締役に就任した鹿子島隆が、控訴会社主張のように、分筆前の本件土地が控訴会社に売却されている事実および右土地について控訴会社のため処分禁止の仮処分登記、予告登記がなされている事実を知りながら、右追認をしたとしても、右追認をもって直ちに公序良俗および信義誠実の原則に反するとか権利の濫用ということはできないから、控訴会社の右主張は理由がない。

(五)  控訴会社は、右追認は商法二六五条の会社、取締役間の取引であるところ、取締役会の承認を得ていないから無効であると主張する。

≪証拠省略≫によれば、昭和三二年六月六日、別紙第一表記載の買主である鹿子島秀子が日東商事の取締役に選任されていることが認められるので、鹿子島秀子に対する売買契約の追認は、商法二六五条の会社、取締役間の取引であると解されるところ、≪証拠省略≫によれば、鹿子島秀子に対する右売買契約の追認は、昭和三二年六月七日の取締役会において承認されていることが認められるので、控訴会社の右主張は理由がない。

(六)  控訴会社は、右追認が有効であるとしても、控訴会社は民法一一六条但書の追認により権利を害されない第三者にあたると主張する。

ところで、不動産の売買においては、追認を受けた無権代理人の相手方と民法一一六条但書の第三者との関係は、二重売買におけると同様、登記の先後によって決定せられるものと解すべきところ、控訴会社は未だ登記を終ていないから、民法一一六条但書の第三者にあたらないものといわねばならない。

もっとも、≪証拠省略≫によれば、右追認以前に、分筆前の本件土地全部について控訴会社のため本件訴訟の提起による予告登記がなされ、また右土地の一部について控訴会社のため別紙第一表記載の被控訴人らの一部を相手方とする処分禁止の仮処分登記がなされていることが認められるが、右予告登記および処分禁止の仮処分登記が、前記の登記にあたらないことは明らかであるから、控訴会社の右主張も理由がない。

五  以上の次第で、結局、別紙第一表記載の被控訴人らと日東商事との間に昭和三一年二月九日および同月一〇日締結された分筆前の本件土地の売買契約は、特段の主張なき本件においては、昭和三二年六月七日の追認により、契約当初に遡ってその効力を生じたものというべきである。

第三控訴会社と日東商事との間の売買契約(以下、第一の売買という。)と別紙第一表記載の被控訴人らと日東商事との間の売買契約(以下第二の売買という。)との優劣

一  第一の売買と第二の売買との関係は、通常の二重売買と全く同一の関係にあるところ、第二の売買について登記がなされていることは当事者間に争いがないから、結局第二の売買が優先し、第一の売買の買主である控訴会社は、第二の売買の買主である別紙第一表記載の被控訴人ら、したがって同被控訴人から権利を譲り受けたと主張する第二、第三表記載の被控訴人らに対して、本件土地の所有権を主張することができないものといわねばならない。

二  控訴会社は、被控訴人らはいわゆる背信的悪意の取得者であって民法一七七条の第三者に該当しないから、控訴会社の登記の欠けつを主張し得ないと主張するが、被控訴人らがいわゆる背信的悪意の取得者であると認められるような事実および証拠はない。

第四結論

よって、本件土地が控訴会社の所有であることを前提とする控訴会社の本訴請求は失当であり、右請求を棄却した原判決は理由は異なるが結論において相当であるから、本件控訴を棄却し、控訴会社の当審における拡張請求も失当であるからこれを棄却し、差戻前の控訴費用、上告費用および差戻後の控訴費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 塩田駿一 境野剛 裁判長裁判官入江啓七郎は転任のため署名捺印できない。裁判官 塩田駿一)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例